Herbal Mint

 

 高校生でも借りられるような価格設定のスタジオは、近場のバンドマンにとっても利便性の高いものだった。他の利用者が借りるのは昼間と夜半が多く、ヤス達が一番動きやすい夕方は一番の狙い目であったが予約が埋まっていて取れない日も時には存在していた。その為、条例を破らない程度に遅い時間を借りることが少なくはない。
 本日の練習も比較的遅い時間となっており、その為ヤスが家に帰りつく頃には閉店時間をとうに過ぎてしまっていた。
 火の気が消えた厨房を抜け、居間へと向かう。

「あら、おかえりヤッちゃん。すぐご飯食べる?」
「ただいま。食う」

 ギターケースを肩から下ろし、家庭用の台所へ向かう母を手伝う為にその背を追った。
 食器棚から皿を出そうとしたその時、慣れない匂いが鼻先を掠める。
 匂いの元を探し視線を向けた先には、緑のリボンで括られた小さな白い布の塊があった。形からして、何かを詰めた袋だろう。
 大きさの割に強い香りを放つそれは、朝には無かった筈だ。ただ、興味がなかった所為で覚えていない可能性も否定できないので、皿と白い袋を手に疑問を投げかける。

「母ちゃん、これ今朝あったか?」
「それ? お客さんに頂いたのよ。ほら、あの角の……ヤッちゃんもお世話になったことあるでしょ?」
「あー。あの……」

 皿を渡しながら朧気な記憶を辿る。恐らく、よく母と世間話をしている昔からの常連客だ。
 確か花屋に勤めているのだったか花が趣味だったか、そんな話をしているのを横で聞いていた記憶がある。
 きっとこれはその関連なのだろう、と手にした匂い袋を眺めた。台所に置いていた理由は聞いていないが、何か意味はあるに違いない。
 なんとなく、鼻先に近付けた。

「……ん?」

 清爽を感じさせる植物の香りと、少し甘い花の匂い。
 似たような香りをどこかで嗅いだ気がする。幾度か深く吸い込み、心当たりを探った。
 思い浮かぶのは、自ら「いいニオイ」と公言し匂い袋を販売しようとした男の姿。その時、草と評され燃やされていた物に似ている気がする。
 でもこれ、あいつの匂いの方が──。

「ヤッちゃん?」
「へ!?」
「どうしたの? 幾つか頂いたし、気に入ったのならお部屋に持っていく?」
「えっ。いや、いい! 要らねぇから!」

 うっかりして手伝うのを忘れてしまっていた。用意された食事を受け取り、居間へと戻る。
 その間、意識を目の前の料理に向けることに必死になってた為に、母が不思議そうな目で息子を見ている事には気付かなかった。
 それよりも、なによりも気付きたくなかったもの。
 あの狛犬が纏う匂いが好きだなんて、気付きたくなかった。

 

スタッフトークで質問してくれた方&お答えくださったスタッフの方々ほんとうにありがとう……!!!

テキストのコピーはできません。