恋にことば

※以下の点、ご留意ください。
・捏造未来。どこゆび全員が成人済。

 

 成長期の青さを残していた手足がほんの少し伸びて、酒の味にも慣れ始めたころ。
 退学を回避する為の条件だったバンド活動は、メンバー全員が高校を卒業して数年経った今もそのまま続いていた。
 活動と生活の拠点であるUnderNorthZawaでのライブは結成時から定期的に行っているが、各々が纏まった資金を調達出来るようになった事により、それとは別に移動費の嵩む地方のフェスにも参加する回数を徐々に増やしていた。
 開催場所によっては、泊まりがけになるパターンも珍しくはない。
 本日参加したフェスの会場も、タイムテーブルの都合により日帰りを行うには少々厳しい立地だった。
 病弱な不死鳥以外は健康と体力に自信のある面子なので、完徹に近い状態で翌日の仕事に就くのはさしたる問題では無い。問題になるのは、移動手段が公共交通機関か双循のバイクしか無い点だった。
 普段なら翌日の仕込みの為に早々と帰路に着くヤスだったが、タイムテーブルが判明した段階で当日の帰宅は諦めていた。この時間では終電に間に合わせようと家路を急ぐよりも、翌朝の始発で出立した方が安全で確実だ。
 他の三人も同じ考えだった為、今回は双循の手配により会場近くのホテルに一泊することになったのだった。
 最初から泊まりが確定しているのならば、そういう流れになるのはある意味で必然で。
 ささいな切っ掛けから始まった、バンドメンバーとは形を変えた関係は数年の時を経てもずっと続いていた。

「そう、じゅ……っ。そこ……っ!」
「分かっとる……っ」
「あ……っ。ふぁ、あ」

 ふたつの荒い呼吸と、粘着質な音がホテルの一室に響く。
 ここ暫くは互いに忙しく練習以外で会うことは無かったからなのか、ライブの高揚感がそうさせているのか、それともその両方なのか。
 ヤスと双循は共に部屋に入った途端、互いを貪るようにキスを交わしベッドに雪崩込んでいた。
 尾羽を横に倒し、腰だけを高く上げた体勢で後ろから貫かれる。
 その体は既に幾度気をやったのか分からない程に、互いの出したものに塗れていた。持ち込んでいたゴムは使い果たし、それでも足りないくらいの回数をこなしたのだから当然と言えば当然なのだが。
 双循が律動を繰り返す度に、あられもない声が喉から漏れ続ける。
 正直、己の喘ぎ声は聞きたいものではない。ただでさえライブで酷使した後で幽かに擦れているのに、感じるまま声を上げていては聞くに堪えないものになってしまうだろう。
 しかし、ヤスの心情を知ってか知らずか双循は声を上げさせたがる。
 部屋に入る直前、本日のホテルは防音が効いていると囁きかけてきたのはそういう意図でしかなかった。
 たとえ相手が望んでいようとも、嫌なものは嫌だ。
 だが、堪えていてもいつしか限界は訪れる。それを少しでも遅らせようと、ヤスは手近にあった枕を抱え込むとそこに顔を埋めた。

「ん……っ。んん……」

 幾許か呼吸は苦しくなるが、嬌声を上げるよりは余程マシだ。
 双循の動きも早まり、そろそろ絶頂を迎える予感がした矢先に背後の気配が止まった。そのまま、ずるりと抜かれる。

「え?」

 予想外の行動に、思わず振り返り後ろを見遣る。そこには、不満を露わにした狛犬が鎮座していた。

「気に喰わんのう」
「な!?」

 仰向けに返され、次いで抱え込んでいた枕を奪われる。取り返すべく手を伸ばしたが、それが届く前に枕を腰の下に差し込まれた。その状態で圧し掛かられ、身動きが出来なくなってしまう。
 先程まで双循を咥えていた場所に再度剛直を宛がわれた。このまま挿入するのかと思ったが、それは行われず入るか入らないかの浅い場所で、緩やかな接触を繰り返している。
 さんざ注ぎ込まれた精液が、双循の動きによって空気を孕み淫猥な音を奏でた。聴覚を犯される感覚に、羞恥と悦楽が呼び起こされる。

「毎回毎回、声を抑えようとしおって」
「……別に良いだろ」
「良くないから言うとるんじゃ。……まぁ、その余裕もどこまで持つかのう」
「双循、待……っ!」

 遊ばせていた陰茎を一息に挿し込まれた。腹の底からの圧迫感に、一瞬意識を飛ばしかける。同時に、衝撃で軽く達してしまい腹の上に新たな白濁が散った。

「暫くはライブの予定も無いんじゃけえ、思う存分啼いたらええ」
「ば……っかやろ……っ。店、で。困る……だろう、が……!」

 掻き回すように腰を動かす双循に反論を唱える。
 弁当屋は接客業である為、喋らないことは不可能なのだ。
 幼少時から知られている商店街の面々も買いに来ることが多く、嗄れた声で接客した時には何を言われるのか分かったものではない。
 それだけでなく、双循には決して伝えられない理由も抱えている所為で自我を失くす程の逸楽が怖くて仕方なかった。

「ライブで声を張ったとでも言えばええじゃろ」
「ふざ……けんな……っ」
「巫山戯とる訳ではないが、の!」

 両手で腰を掴まれ、先程よりも更に強い力で押し込まれる。 
 腹の最奥、開いてはならない箇所に双循の切っ先が入り込もうとするのを感じた。じわじわと侵略しようとする熱が、恐怖を呼び起こす。

「ひぅっ! 嫌だ、そこ。や……だぁ……ッ」

 ぼろぼろと泣きながら、そこだけは嫌だと幼子のように首を振り懇願した。自尊心も何もないが、己が恐れる状況を迎えてしまうより余程マシだった。
 以前に一度だけ、そこを開かれた事がある。
 暴力的なまでの快楽に理性も何もなくただ喘ぐだけだった。正直、当時の自分が何を口走っていたのか全く覚えていない。
 あの時ならいざ知らず、『今』は我を忘れる訳には行かなかった。

「頼む、からぁ……っ」

 ヤスを追い詰めている当人である双循に縋りつくように、腰を捉えている手に指を添えた。本来なら掴んでしまいたかったのだが、全く力が入らなかった結果がこれだ。
 抗議の意を滲ませ軽く爪を立てる。同時に、双循の動きがぴたりと止まった。

「ヤス」

 名を呼ばれ、零れ続ける涙を指で拭われる。嗚咽を繰り返している為に返答が出来ないので、代わりに指先に力を込めた。
 今度はこちらの負担にならないように考えたのか、ゆっくりとした動作で腰を引く。完全に抜けきる手前で、ヤスは双循の首に腕を回した。ひとつふたつ、しゃくり上げた後に己を抱く男の目を見詰める。

「……奥じゃなけりゃ、いい、から」

 熱が欲しくない訳じゃない。寧ろ、高められ続けてた身体はそれに齎される解放を求めていた。

「無理なら、言うたらええ」

 再び差し挟まれた肉棒をきゅうきゅうと締めつける。特に感じる場所を掠める度に、尾羽がびくびく震えた。

「そうじゅ、双循……ッ!」
「ヤス……っ」

 喘ぎ声の代わりに、幾度も互いの名前を繰り返す。
 限界を迎えたのは、それから間もなくの事だった。
 

 

 ♪♪♪♪♪♪

 

「く……っ」
「んぅ……っ。ふ、ぁぁ……」

 お互いに達した後の、呼吸を整えている間の何とも言えない空気が苦手だった。恋人でもないのだから、甘い言葉を囁くなんて有り得ないし、万一言われても反応に困る。
 幾度か深呼吸を繰り返し、落ち着き始めたタイミングで身体を起こそうとした。だが、いつもなら直ぐに抜いている双循が萎えた性器を挿したまま動かない。フェスから碌に休息も取らずに雪崩込んだから、体力が尽きたのだろうか。
 だからと言って、無言でじっとしている訳にもいかない。第一、明日の朝は早いのだ。

「風呂入りてぇんだけど」

 くるくるの髪を引っ張りながら言外にさっさと抜けと伝える。
 ところが、察しが良い筈の狛犬は僅かに身を起こした程度で、ヤスに視線を合わせた状態から動こうともしなかった。
 怪訝に思いつつ様子を窺っていると、いつも右目を隠している前髪を掻き上げられる。そのまま、撫で付けるようにするりと頭を撫でられた。
 思いの外優しい手付きに、少しばかり動揺が走る。

「双循?」

 両の目で見上げた双循の目がいつもと違う色を帯びていた。普段の傲岸不遜は息を潜め、見たこともないものを宿していた。
 静謐な大樹のような、誘い惑わす森のような。
 身動きも取れず、緑玉に囚われる。

「── 愛してる」
「…………は?」

 不意に届いた言葉が理解出来なかった。
 音は明瞭に聞こえたし、その単語の意味も分かっている。解っているからこそ、双循がそれを口に出す──どころか、こちらに向かって言うなんてことは天変地異が起こっても有り得ないものだった。
 何故、起こる筈のない事象が起きているのか。
 思い掛けない台詞により数秒間停止していた脳が活動し始めた途端、ヤスの顔面に熱が集まった。
 自分では見えないが、恐らく耳まで真っ赤になっているだろう。その上、挿れられたままの下をうっかり締め付けてしまった気がする。

「な……っに、馬鹿なこと言ってんだよ……!」

 誤魔化すように勢い良く双循の手を払い除け、顔を逸らした。
 一瞬、痛みを覚えたような顔をした双循が視界に入った気がしたが、その考えは直ぐに払拭された。そこまで強くは締めていない。

「なんじゃ、おどれこういうのに弱いんか。次は最中にでも聞かせてやるべきかのう」
「てめぇ……」

 案の定、気の所為だった。
 碌でもない内容に苛立ちを覚え、双循を睨み付ける。先程までの表情は鳴りを潜め、いつも通りのにやついた笑みを浮かべていた。
 ああ、こいつは揶揄っただけなんだ。
 それを悟ると同時に、全身からすっと熱が引くのを感じた。

「下らねぇこと言ってないで、さっさと抜けよ。明日早いんだし寝たいんだけど」
「つれんのう」
「うるせぇよ」

 くつくつと笑う双循の胸を押し、行動を促す。
 胎内に入っていたものが抜けた直後、得も言われぬ喪失感を覚えたが気付かない振りをした。
 素っ裸のまま、疲れ切った身体を引き摺るようにして備え付けのバスルームに向かう。着替えは荷物の中に入れたままだが、別にそのまま出てくれば良いだけだ。
 ドアを閉めると直ぐにカランを捻った。温度調節も何もしていない水流は、湯というより水に近かったが今のヤスには丁度良かった。
 流した汗も涙も、彼が残した生命の種も水と一緒になって排水溝に吸い込まれていく。

「なにが『愛してる』、だ」

 人の気も知らないで。
 水量に負ける程度の声音で、小さく呟いた。
 揶揄うだけの言葉に、戸惑いと驚き、怪訝を覚えた後に湧き出したのは千言万語を費やしても表現し得ないような歓喜だった。
 たかが言葉ひとつ。されど、言葉ひとつ。
 たったの五音に限りない喜びを見付けてしまう自分に心底嫌気が差した。
 この関係が始まってしまった時に諦めた、幼い恋心が悲鳴を上げる。
 諦めようとも思った。諦めきれないとも思った。
 自分ではどうにもならない想いなら、いっそこのまま流れて行ってしまえば良いのに。
 それだけを願い、静かに瞼を閉じた。

 

 

  終

 

 

 

診断結果は以下のものでした。
【猫実屋の双ヤスの場合】
愛してると突然言われた。なんともシンプルでストレートな言葉に思いの外ドキドキしてしまう。すると相手はニヤニヤ笑いながらこういうのに弱いのか、なんてのたまってきてむかついた。

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