| 以下の点、ご留意ください。
2017年のしょばみゅを観た勢いで書いていたものなので、Episode of Amatelastと矛盾する箇所もあります。 |
届かない星を求めていた。
その星が目の前から消えても、いつかまた戻ると──そう信じていた。
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寝転がりながら読んでいた雑誌から視線を外す。途端、アダムの視界に映ったのは見慣れた天井だった。 年季だけを感じさせる木目は、鬱々と抱えていた苛立ちを更に加速させる。 落ち着かない気分のまま、ごろりと体を横に向けた。イヴと共用で使っているベッドは、大の男ふたりが寝るには少々狭いサイズだが一人で転がる場合に不足はない。 寧ろ、慣れた存在が無い所為で物足りなさを感じてしまうくらいだった。 そんな筈はない、とゆるく頭を振る。その際に、頭上の獣耳が何かに引っ掛かった。 「……?」 視線を向けた先には、さっきまで読んでいた雑誌とは別に数冊の音楽誌が積まれている。どうやらその角に当ててしまったらしい。 またぶつけてしまう前に邪魔な物を片付けてしまおうと、起き上がり雑誌に手を伸ばすがその手は空中に留まった。 乱雑に開かれたままのページには、ジューダスの看板アイドルであるトライクロニカの特集が組まれている。 きらびやかな衣装に身を包み、明るいライトの下で笑顔を見せる男の写真と、彼の曲やパフォーマンスについて美辞麗句を並べるだけの文面に益々苛立ちが募っていく。 何よりもアダムの感情を逆撫でするのは、男のバックで楽器を構えている歳若い双子の少年たちだった。 「こんな奴らが、愁の歌を輝かせられる訳ないだろう!」 衝動のまま、一番上に積まれた雑誌を掴み上げベッドから投げ捨てる。残ったものも視界に入れたくなく、手で払い落とした。 ばさばさと床に落ちる耳障りな音が、独りきりの部屋に響く。 あの声を、あのギターを。 他の追随を許さない音楽を、彼ら程度の腕で支えられるとは到底思えない。 やはり、あの存在が一層引き立つ場所は過去にしかないのだ。 否―――過去ではない。必ず、取り戻してみせる。 その為の準備は、着実に進めていた。エムシと名乗り、彼方此方の会場でMCの仕事をこなしながら少しずつ罠を広げていく。 たとえ何を犠牲にしても、この計画が成功すれば止まった時計が再び時を刻むのだと信じていた。 決意に比例するように、暗い感情もアダムの中で重みを増している。胸の奥を侵食する澱みに自分でも嫌気が差すが、手段など選んでいられないのが現状だった。 「……クソッ」 悪態をつき、勢い良くベッドに倒れ込む。 普段よりも沈む思考は、普段なら望めば手に入る温度が傍に居ないからだ。見目に反し柔らかな性質をもつ同居人は、今はバイトに出掛けていて戻るのは数時間後だった。 毛布を引き寄せ頭まで潜り込む。その際、幽かに残っていたイヴの匂いが鼻先を掠めた。 はやく。はやくこのみをあたためて。 与えられない熱を渇望し、匂いに縋りながら世界を拒否するように瞼を閉じた。
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イヴが家に帰り着いた時、部屋の電気は消えたままだった。 今日は久々のオフだと言っていたアダムが、折角の休日に出掛けるとは思えない。エムシとしての仕事は、ライブやイベントが多数開催されるこの街では重用されるものだった。 「アダム? 寝てるの?」 灯りのスイッチを入れ部屋に足を踏み入れる。ベッドを含む多少の家具と、各自の楽器だけがあるだけの部屋に、いつもは見掛けないものが散乱していた。 特徴的な構成に、一目で最近出たばかりの音楽誌だと判った。 ドア付近に落ちていた雑誌を拾い、毛布に籠り眠るアダムに近寄る。ベッドの空いたスペースに腰を下ろし、手にした雑誌をパラパラと捲った。 トライクロニカばかりかと思えたそれの中には、小さくではあるがニューカマーバンドとしてシンガンクリムゾンズを特集しているものもあった。 やはりバンドの顔となるボーカルの写真が多いが、中には鍛えた肉体を惜しみなく晒し、力強くドラムを叩く男の写真もあった。 自分たちを置き去りにした二人が見付けた、新しく輝ける場所。 何も知らされなかったアダムは、あの時から時間が止まっている。急激な解散に関してはイヴも複雑な思いを抱えていたが、心酔していたと言える彼の傷はより深い。 「アダムは……帰りたいんだよね」 愁とロムが居た、あの時間に。 帰れないと解っていても、諦め切れず藻掻き続けている。 その光景を傍で見守るしか出来ない我が身に焦燥を駆られるが、アダムを守る為に何をすべきか判らないイヴの心はただ現状を保つ為に立ち尽くすしかなかった。下手な手を打って、アダムが自分から離れることだけは耐えられないからだ。 アダムが居なければ、イヴは自分の存在意義を見失う。 結局は己を守りたいだけなのか、それともアダムを支えたいのか。 思考から逃れるように、僅かに毛布から覗く頭に手を伸ばす。 艶やかな黒髪に触れたと同時に、閉じていた薄い瞼が持ち上がりイヴを捉えた。 「ごめん。起こしちゃったみたいだね」 「そもそも寝てない。それより」 僅かに身を起こしたアダムの細い腕がイヴの首の後ろに伸ばされ、そのまま引き寄せられる。 急激に崩した体勢に、慌ててバランスを取ろうするが慣性には逆らえず、アダムを挟む様にしてベッドに両腕をついた。 銀糸のカーテンが覆いかぶさった先には、情欲に満ちた目をした獣。 「僕、お風呂も入ってないけど……」 「そんなもの、後にすればいいだろ」 首に置かれたままの腕に、僅かに力がこもる。その誘いに従い、イヴは真下にあるアダムへと顔を近寄せた。 アダムが性急に熱を求める時は、自分の中にある不安に潰されそうになっている時だ。ただ、アダム自身はそれを自覚していない。 求める意味も、求められ応える意味も考えなどしていないのだろう。 アダムの身体に触れていても、心だけは遠くに感じていた。こんなにも傍に居る筈なのに、彼の心を占めるのは失った過去ばかりで。 「ねぇ、僕はどこに居るの?」 互いの熱に溺れながら想いの欠片を零す。 聴こえていなければ良いと、そう願った。
HIRAESHとはウエールズ語で「もう帰ることのできない場所に帰りたいと思う気持ち。」を意味するそうです。